ナガノミライカイギ×ship ~どう働き、どう生きる?自分の人生をデザインしよう!~

仕事終わりに知人が主催をしているナガノミライカイギという定期的に開催している勉強会に参加をしてきました。

今回のテーマは
"どう働き、どう生きる?自分の人生をデザインしよう!"

それは、かしこまったキャリアの話とかいうよりも、自分の生き方のスタンスを見つめ直すような時間なのかな。
という、心持ちでゲストの方とファシリテーターの方の話を聞き、会場の方達と気持ちを共有をして、充実した時間となりました。
そんな勉強会後の感じたことと、自分が以前から心のどこかで少しモヤっとしていたことと合わせて書かせていただきます

もしも名刺から肩書きが消えたのなら

私は26年間生きてきて、就職ということを経験したことがありません。
なので、名刺というものを持ったことがなく、恐らく"肩書き"というものも私は持ったことがありません。

ですが、時々、自己紹介をしなくてはならない状況に直面した際に、あくまで便宜的に自分の名前の前に「デザイナーの」とか「WEBデザイナーの」の小島です。と(仮)肩書きを名乗ることがあります。

その時に私は胸の奥に行き場の失ったモヤっとした感情が少し湧き出るのを感じます。

何故でしょう。

それは、持ってもいない肩書きをその場で語ってしまった自身への羞恥心だったのでしょうか。
いえ、私は羞恥心を感じたのではありません。

では、何故?
私は自分自身の可能性を、その肩書きの範囲内で語ってしまうであろう自分に対して違和感を感じていたのだと思います。

それはつまり、「デザイナー」、「WEBデザイナー」としての小島有という範囲で私自身を語りますよ。と自己紹介をした自分に対して違和感を感じたと言えるでしょう。
それがその場で語ったあくまで便宜的な肩書きであったとしてもです。

私は肩書きではなく、小島有という一個人として自分の仕事・自分の役割を模索していきたいと思っています。
私が持つリソースの中にWebデザインであったり、グラフィックデザインであったり、イラストレーションであったり、ライティング、などのスキルが点在していて、それらを仕事毎に引き出しから出してみる。

そんな佇まいで仕事をしていきたい、という理想があり肩書きというある種、絶対的な存在と私の抱く流動的な理想とでギャップを感じてしまったのです。
同じくモヤっとした方々の話を伺うことでこんな風なことを考えてしまったのかもしれません。

キャラクターの時代へ

では、だからといって、"肩書きとかいらなくない?"とかそういうことを言いたいのでは決してありません。
そういう意味ではなく、自分の人生をデザインをする際に肩書きを基準に私のストーリーを構築していっていいのだろうか?という問いが、顕在化してきた、ということです。

それに伴い、肩書きではなく、個人のキャラクターに対してストーリーを構築していけば、その個人のリソースを元に、ジャンルを横断するようなクリエイティブな発想が得られるのではではないのだろうか?という仮説が立ち上がってきました。

それはフリーランスでありたい、とか組織に所属しているから、とかいう働き方の話ではなく、様々なジャンルを横断できるしなやかな感性を纏う個人的姿勢のあり方なのかな、と思ったりもしました。

そんな感じで新たなモヤモヤが生まれ、以前感じていたモヤモヤを言語化できたことに満足感抱えて勉強会をあとに自宅へ帰りました。